先日、久しぶりに「洒水の滝」を訪れました。
パワースポットとして、そして何よりその涼やかさに惹かれ、昔の記憶をたどって2025年8月22日、夏の盛りに出かけました。灼熱のアスファルトを抜け、秦野市と山北町の境に位置する丹沢の山々へと向かう道すがら、清流のせせらぎが聞こえてくると、この場所が持つ、神聖で、どこか懐かしい空気を肌で感じたのでした。
<洒水の滝と、文覚上人の物語>
洒水の滝の歴史を語る上で、決して外せない人物がいます。それが、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍したとされる**文覚上人(もんがくしょうにん)**です。彼の生涯は波乱に満ちており、その壮絶な修行の場として、この洒水の滝が深く関わっていたのです。
文覚は、元は俗名で遠藤盛遠(えんどう もりとお)という名の武士でした。しかし、ある女性への横恋慕がもとで殺人事件を起こし、自らの罪に苦しみ、出家して文覚と名乗ります。その深い罪を悔い改め、厳しい修行に身を投じた彼が選んだ場所の一つが、この洒水の滝でした。
彼はこの滝で、荒行に励んだと言われています。真冬の凍えるような水の中で何日も滝に打たれ続け、全身を清めることで、俗世の煩悩や罪業を洗い流そうとしたのです。その過酷な修行の様子は、後世にまで語り継がれるほど壮絶なものだったと言われています。滝行の最中に気絶することもしばしばあったそうですが、そのたびに不動明王が現れて彼を救ったという伝説も残っています。
そして、文覚上人はこの洒水の滝の近くに**文覚寺(現・清流寺)**という寺を開いたと伝えられています。これは、彼がこの地を修行の場としていかに重視していたかを示すものでしょう。滝のほとりに身を置き、その轟音を聞きながら精神を集中させ、厳しい修行を重ねた文覚上人の魂が、今もこの滝には宿っているのかもしれません。
彼のその強靭な精神力と、清らかな水によって清められようとした求道心は、源頼朝の挙兵を促し、鎌倉幕府の樹立にも大きな影響を与えたとされています。
<あの日の記憶。1993年の洒水の滝>
昔のアルバムをめくると、そこには1993年の私が写っていました。
今から30年以上も前のことです。あの頃の洒水の滝は、もっと身近で、もっと生々しい自然の力に満ちていました。
写真1には、白い装束をまとった人々が滝行に励む姿が収められています。滝の轟音は、カメラのレンズ越しにも伝わってくるようでした。滝つぼは、まさに修行の場。水しぶきが顔にかかり、その冷たさに身が引き締まる感覚。全身で水の圧力と冷気を浴び、五感が研ぎ澄まされる。あの独特の清冽な空気は、訪れる人々を日常から切り離し、畏敬の念を抱かせるに十分でした。あの時は、滝のエネルギーをダイレクトに感じることができたのです。文覚上人が身を清めたその場所に、私たちも立つことができた、そんな時代でした。
<そして今日。2025年の洒水の滝>
あれから時が経ち、期待に胸を膨らませて向かった洒水の滝。
けれど、そこには少しばかり寂しい現実が待っていました。
写真2に写る滝つぼへと続くはずの赤い橋は、無情にも「落石のため通行止め」の立て札が。どうやら、ここ数年の大雨や台風によって丹沢の山々は地盤が緩み、落石の危険性が高まっているとのこと。ニュースでも、2004年に発生した大規模な落石事故以来、長らく滝つぼへの道が封鎖され、そして2022年の大雨で再び土砂が流出し、一時的に遊歩道が閉鎖されたことが報じられていました。安全第一なのは重々承知です。
しかし、あの時感じた、肌で感じる滝の迫力を、もう味わうことはできないのかと思うと、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。文覚上人が身を投じたであろうその場所に、もう二度と足を踏み入れることはできないのかもしれない。そう思うと、時代の流れと自然の厳しさを痛感せずにはいられませんでした。
<新しい風景と、変わらぬ雄大さ>
れでも、せっかくだからと新しく設置されたという観瀑台へと足を向けました。
写真3に写る、整備された真新しい木の階段を上りながら、昔の記憶と今日の光景を重ね合わせます。
遠くからでもわかる、あの白い滝。
その姿は、変わらず雄大で、美しい。観瀑台から見下ろす滝は、まるで一枚の絵画のようでした。緑豊かな丹沢の山々に抱かれ、白い糸を引くように流れ落ちる水は、変わらず清らかで、私たちの心に涼やかな風を運んできてくれます。新しい遊歩道と観瀑台は、多くの人の尽力により、2022年に完成したばかりだそうです。滝のすぐそばには行けなくとも、安全にその雄大な姿を眺められるよう、懸命な努力が払われていることに感謝の念を覚えます。
あの頃のような、滝のすぐそばで感じる圧倒的な存在感とは違うけれど、遠くから眺める洒水の滝もまた、別の美しさがあることに気づきました。
<変わるもの、変わらないもの>
自然の脅威に直面し、それでもなお、その雄大な姿を私たちに見せてくれる。
時代の移り変わりとともに、自然との向き合い方も変わっていくのだと、改めて実感しました。
昔とは少し違う形になったけれど、洒水の滝のパワーは変わらない。文覚上人が修行した場所、多くの武将たちが身を清めた場所としてのその本質は、これからもずっとそこにあるでしょう。
それでも、あの日の記憶があまりにも鮮明すぎて、少しだけ残念で、少しだけ寂しい気持ちになった、夏の日の午後でした。
洒水の滝よ、またいつか、君のすぐそばで、あの日のように肌で君を感じられる日が来ることを願って。そして、その長い歴史と伝説が、これからも語り継がれていくことを願っています。
<洒水の滝 所在地・交通アクセス>
所在地: 神奈川県足柄上郡山北町平山
交通アクセス:
・電車・バスをご利用の場合:
・JR御殿場線「山北駅」下車、徒歩で約35分。
・山北駅より町内循環バス「平山」下車、徒歩で約10分。
・お車をご利用の場合:
・東名高速道路「大井松田IC」より国道246号線経由で約15分。
・駐車場(無料)があります。
<関連する画像>
<ツイッターの反応>
フィットネスの知恵袋
@oosaka10beeペダルの先に広がるマイナスイオン──洒水の滝までひとっ走り|健仙老師=マッキー @oosaka10bee note.com/keen_wren9996/…
cio
@musa0713634洒水の滝へ行ってきました。えっ?うん、そりゃあ涼しかったですよ。 洒水(シャスイ)って言葉、今まで知りませんでした。 密教用語で清浄を願ってそそぐ香水を意味するんだそう。 そう、私の今のモヤモヤゴタゴタ悲しみを全部洗い流しておくれ、と思ったよ。深呼吸もしたよ。 #洒水の滝 #清浄 pic.x.com/bF0UgSjWZM